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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)167号 判決

主文

特許庁が平成四年審判第一〇四一一号事件について平成六年五月一九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

一  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)、及び審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の取消事由一の当否について検討する。

(1) 《証拠略》によれば、電気鍍金研究会編「めっき教本」(昭和六一年九月二〇日日刊工業新聞社発行)において、「めっき」という用語を「電気めっき」と同義のものとして使用している場合があることが認められる。

《証拠略》によれば、加瀬敬年他共著「めっき技術」(昭和三五年七月一五日日刊工業新聞社発行)において、「3、めっき各論」中の例えば「3・7 錫めっき」は、使用するめっき浴を示す「3・7・2酸性浴」、「3・7・3 アルカリ(スタネート)浴」との記載から「電気錫めっき」を意味するものと認められるところ、上記のとおり単に「錫めっき」と表示されていることが認められる。

《証拠略》によれば、友野理平著「実用めっきマニュアル」(昭和四六年一〇月二五日オーム社発行)では、「電気めっき」について、単に「めっき」ではなく「電気めっき」と記載されており、「電気めっき以外のめっき」として、「化学めっき」、「溶融めっき」、「真空めっき」などが記載されていることが認められる。

《証拠略》によれば、日本金属学会編「改訂3版金属便覧」(昭和四六年六月二五日丸善株式会社発行)の「14・4 金属被覆」には、「金属体表面の耐摩耗性・耐食性などの諸特性の向上、あるいは装飾美化のために、その表面をほかの金属で被覆する方法を金属被覆法と総称するが、一般にめっきという。」、「金属被覆であれば、金属の種類、被覆方法のいかんを問わず、元来ついているという定義は同じであるべきであるが、すべての場合に共通する統一された定義も、用語もない。これは、それぞれの被覆方法が別個に発展し、業界を異にし、また学問的背景も異なるためであろう。しかしながら、ついているということに対する用語がまちまちであることは、それぞれの方法のつき方すなわちつく機構が異なっていることを意味すると解釈できるのである。」と記載され、「表14・6 金属被覆法の分類と概要」には、「乾式めっき」と「湿式めっき」に分類し、乾式めっきに分類されたものの被覆方法(一般的呼称)として、「溶融めっき」、「溶射めっき」、「真空蒸着」、「スパッタリング」、「化学気相めっき」、「合わせ圧延法」が、湿式めっきに分類されたものの被覆方法(一般的呼称)として、「電気めっき」、「化学めっき」がそれぞれ挙げられ、「被覆層(めっき層)の形成方法」として、「溶融めっき」につき「溶融金属浴中に被めっき体を所要時間浸せきしたのち取出し、溶融金属を凝固させて被ふくする。固相/液相間の拡散・浸透が行なわれる。」と、「電気めっき」につき「電解質溶液に二本の電極を浸し、直流を通電すると、カソードに金属が析出する。」とそれぞれ記載されていることが認められる。

《証拠略》によれば、「JIS工業用語大辞典・第4版」には、「めっき」について、「化学的、電気化学的な反応によって、被処理物(絶縁基板、スルーホール、導体パターンなど)に金属を析出させること。広義には、上記の湿式めっきのほか、蒸着、スパッタ、イオンめっき、溶射、はんだ被覆などの乾式めっきも含まれる。」と記載されていることが認められる。

《証拠略》によれば、化学大辞典編集委員会編「化学大辞典9」(昭和三七年七月三一日共立出版株式会社発行)には、「めっき」について、「金属または非金属の表面を金属の薄膜で密着被覆して仕上げること。……その方法にはいろいろある。1)電気メッキ……2)溶融メッキ……3)その他:……真空蒸着法、……金属浸透法、……無電極メッキなども行なわれる。」と記載されていることが認められる。

上記認定の事実によれば、「めっき」は、金属等の表面の耐摩耗性、耐食性などの諸特性の向上、あるいは装飾美化のために、金属の薄膜を密着被覆する技術であること、上記被覆を実現する方法としての電気めっき、化学めっき、溶融めっき、真空蒸着法など種々のめっき法を総称するものとして「めっき」という用語が用いられることがあるとともに、他方、「めっき」という用語が、電気めっき、あるいは電気めっきや化学めっき(湿式めっき)を指すものとして用いられる場合もあることが認められる。

上記のとおり、「めっき」という用語は、その方法に関して用いられる場合には、その内容が必ずしも統一しているものとは認められないうえ、方法の発明である本願発明のめっき法について、特許請求の範囲の記載自体から一義的に明確に理解することができないから、本願発明が採用しているめっき法を明らかにするために、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌することが許されるものと解するのが相当である。

(2) 甲第四号証(平成四年六月二六日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、従来の技術について、「従来電気接栓や電子部品のリード線として使用されている錫または錫合金めっき線の製造方法は、銅合金に〇・五~四・〇ミクロンのニッケルまたは銅の下地めっきを施した後に、表面にめっき光沢剤を使用した光沢錫合金めっきを施した方法がとられていたが、この光沢錫合金めっきを施した銅合金線材はリード線等の電子部品に加工する為に短く切断する際に、そのめっきのもろさゆえにめっきが欠落したり、製品同士の摩擦により削れて酸化した黒粉が発生し、これによりリードの切断や電子部品組み立ての為の機械を停止させてしまうという欠点があった。このような実状において、『高純度からなる表面を有する金属材に厚さ三~一五μの半田或いは金錫めっきを施し、続いてこのメッキ層を加熱溶融処理することを特徴とする半田メッキ線の製造方法』が特開昭五三-九三一三三号公報にて開示されている。」(同号証二頁三行ないし三頁二行)と記載され、本願発明が解決しようとする問題点として、「上記従来の半田メッキ線の製造方法については、めっきの厚さが三~一五μと厚く、この場合、製品毎のめっきの厚さに大きなバラツキが生じ易く、この厚さが不均一となり、このため、めっきの厚さに高い精度が要求される電気接栓用のめっき線としては、品質上好ましくないばかりか、コスト的にも不利であるという欠点があった。……そこで案出されたのが本発明であり、その目的とするところは、電気接栓の用途の為に、従来の光沢錫合金めっきを行わずとも、光沢の発現等その優れた特性を維持しつつ、めっきの欠落や黒粉の発生を防止すると共に、製品毎のめっきの厚さのバラツキが小さく、均一な厚みのめっきをすることができる錫または錫合金めっき線の製造方法を提供することにある。」(同号証三頁四行ないし四頁六行)と記載されていること、実施例についての説明中には、「本発明実施において下地めっきを施す為のめっき液の種類としてはワット浴やスルファミン酸浴等のニッケルめっき液、シアン浴や硫酸浴等の銅メッキ液を使用し、また上層の仕上げめっきとしては硫酸浴やアルカリ浴等の錫めっき液を、またほう弗化浴やアルカノールスルフォン酸浴等の錫合金めっき浴を使用する。」(同号証一〇頁九行ないし一五行)と記載されていることが認められる。

また、上記特開昭五三-九三一三三号公報の発明の詳細な説明には、「本発明は、各種電子部品のリード線や電気接栓の接触片として用いられる錫或いは錫合金線に於ける電気半田めっきの半田付性の改善に関するものである。」(一頁左下欄一一行ないし一四行)と記載されていることが認められる。

上記認定の事実によれば、本願発明は電気半田あるいは錫めっき法を用いるめっき線の製造方法を改良しようとするものであること、本願明細書に実施例として記載されているものは電気めっき法を用いるものであることが認められ、また、本願明細書には、本願発明における錫または錫合金のめっき法として電気めっき以外のめっき法を使用し得るという記載あるいはこれを示唆する記載は全く存しないことからすると、本願発明の特許請求の範囲には、単に「錫または錫合金めっきを施し」と記載されているけれども、本願発明が採用しているめっき法は、電気めっきのほか、溶融めっき、真空蒸着法、化学めっきなどを含む広義のものではなく、電気めっき法に限定されるものと解するのが相当である。

一方、前記争いのない引用例の記載によれば、引用例発明が溶融めっき法によるものであることは明らかである。

そして、電気めっきと溶融めっきとは、被覆層(めっき層)の形成方法が全く異なるものであることは、上記甲第一二号証の一に記載のとおりである。

しかるに審決は、本願発明と引用例発明とを対比して、「ともに錫めっきの製造方法に係り、」と認定したに止まり、両者のめっき法の相違について看過したものであり、この看過が審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。

なお、引用例(甲第五号証)には、「……四〇〇度C乃至五〇〇度Cの熱雰囲気をもつ溶着炉六に誘導され、……溶融炉六を通過した……後水洗室七、乾燥室八を経て製品錫めっき銅線一Bとなり、再びコイル状に巻取られ、全工程を終了する。」と記載され、引用例に記載の説明図面によれば、溶融炉六を出た線材はそのまま水洗室七に送られていることが認められるから、引用例発明においても、加熱リフロー後に急冷しているものと認められ、この点についての審決の認定に誤りはない。

(3) 上記のとおり審決は、本願発明と引用例発明との相違点を看過したものであって、原告主張の取消事由一は理由があり、上記看過は審決の結論に影響を及ぼすものであるから、原告主張のその余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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